企業内訓練の日台比較研究
博士論文要旨
黄 惇 勝

21世紀に入ってから、科学技術が日進月歩していると同時に、情報化、自由化、グローバル化などの衝撃の下、国内外における社会や経済環境が急激に変化するようになった。その上、産業の海外移転、労働力の需給の不均衡のため、企業は経営形態や経営手法の転換などの挑戦に直面している。

企業における人材、生産、マーケティング、R D、財務、管理などの各要素の中で、「人材」の管理、訓練及び開発は21世紀における企業の生存発展の主要な鍵となった。これは台湾や日本及びすべての先進国に共通している。

日本経済の発展の歩みから見れば、人的資源の開発と運用の位置づけは日増しに重要になりつつあることを発見するのはさほど難しくはない。

一方、台湾も各産業発展の段階を経て、益々経済発展をしていた。産業人材の養成訓練と在職者の向上訓練にとっては、ますます重要となった。

日本は台湾と違う歴史背景、文化、慣習、そして違う企業経営方式をもつといわれているが、同じく輸出依存型の島国経済国家で、自然資源が相対的に乏しいため、人的資源の開発が経済発展の主な推進力となってきたわけである。

ただ1990年代いわゆる知識経済時代になってから、日本経済もかつてなかったバブル化や不況の時代に入った。この状況はひいては学者や専門家たちの人材育成を含めた日本的経済への批判まで引き起こした。そうすると、知識経済時代の日本企業内訓練は機能しているかどうか?その主な特徴は何なのか?これらは私たちが注目すべきところである。

ところで、台湾の場合は、1990年代から始まった知識時代には科学技術のイノベーションが経済発展においては重要な役割を果たしている。企業経営における人的資源開発の重要性がますます高まっていることを意味している。企業内訓練がこれまでよりさらに重要視されるようになったかどうか、その軸となるやり方はどうなっているのか、これらは観察するに値する課題である。

 本論文の目的は昔から深い関係を結んできて、日本と台湾企業の職場における企業内訓練の活動、特に知識経済時代に入ってからの企業経営を中心とする企業内訓練の品質管理と成果評価についての検討と比較を行う。

 企業内訓練の系統的なプロセスはおおむね企画(Plan)、実行(Do)及び評価(See)に分けられる。とくに知識経済時代の企業内訓練は企業経営として、経営目標としっかり結合しなければならないと、研究者は主張している。

しかし、一つ目の問題点として、これまでの諸研究の多くは企業内訓練活動と管理を含めた一般論であるために、実際の運用状況を反映できないことである。特に知識経済時代における企業内訓練の実際的な運用状況の比較は大変不足している。

二つ目の問題点としては、1990年代からの日本と台湾の企業内訓練に関する比較研究が非常に少ないことである。

三つ目の問題点としては、知識経済時代の企業内訓練が企業の経営課題になった状況の下で、日本と台湾における企業内訓練の理念と実務は果たして異なるところがあるのかは今のところ明確ではない。

四つ目の問題点としては、企業内訓練の成果評価の論理は、実際の企業内訓練には果たして完全に適用できるかどうか。その各成果レベル間の関係はどうなっているのかは今のところ明確ではない。

五つ目の問題点としては、目下広まりつつあるISO10015基準という理念と運用指標は、日本と台湾の企業内での実行はしやすいかどうかは今のところ明確ではない。

六つ目の問題点としては、日台企業内訓練活動で使っている訓練「方式」と訓練「方法」について、そのお互いの関係、企業体との関係、受講者の評価がどうなっているのかは今のところも明確ではない。

以上の先行研究の諸問題に対して、本論文の研究課題としては次の点があげられている。すなわち、「知識経済時代の下、日台における企業内訓練はどう違っているか。」この課題を解明するため、更に、次の四つのサブ課題を設定する。

日台における企業内訓練の活動の差異を把握すること。

日台における企業内訓練の品質管理を比較すること。

ƒ日台における企業内訓練の活動成果の差異を把握すること。

日台における企業内訓練の受講者の評価を明らかにすること。

以上の研究課題を達成するために、本論文で次の研究方法を採用する。 

文献研究:企業内訓練に関して先行発表された理論、並びに実証的研究を研究して日本と台湾における企業内訓練比較のモデルを構築し、仮説を立てる。

事例研究:企業内訓練活動の新入社員訓練、職外訓練(Off J T )、在職訓練(OJT)と自己啓発(SD)、そして企業内訓練管理の定性的比較の為に、日台工場の実地事例調査を行なう。資料の収集と分析方法はKJ法及び ISO10015標準の評価内容インデックス項目を利用して比較を行う。 

ƒ実証調査研究:日本独立行政法人労働政策研修機構(JILPT)の先行調査研究-企業内における教育訓練経歴と研修ニーズのアンケート調査を通して、台湾企業内訓練のデータを調査票で収集し、SPSSパーッケジを利用して、日本と台湾の企業内訓練を分析、比較する。 

本論文は序論、考察と結論のほか、第一部、第二部と第三部に分かれている。第一部は第1章から第4章まで、第二部は第5章から第7章まで、第三部は第8章と第9章までで構成される。

 第一部は企業内訓練の基礎的研究で、第1章は企業内訓練の意義と発展で、第2章は企業内訓練の計画と活動の理論について述べる。第3章は企業内訓練の成果と品質に関する評価理論で、第4章は研究モデルと研究仮説である。

第二部は企業内訓練の日台比較研究に関わるものである。第5章は企業経営面の日台比較で、第6章は企業内訓練活動の事例研究で、主に新入社員、Off J TOJTSD実施の日台比較である。第7章は企業内訓練品質と成果の評価結果に関する日台比較である。

第三部は日本と台湾における企業内訓練の実証研究である。第8章は日本企業内訓練調査の先行研究で主に日本独立行政法人労働政策研修機構(JILPT)の先行調査研究の概要を述べる。第9章は台湾企業内訓練の比較に関してJILPT先行調査のアンケートの内容を参考にして、台湾企業内訓練の実証的研究を行う。

考察と結論では本論文の研究結果について考察し、研究の結果から発見された事実、新しい仮説理論としての企業内訓練の活動と管理理論、研究の限界とこれからの課題、そして結論について述べる。

本研究は知識経済時代下、日台における企業内訓練はどう違っているかと言う課題を解明するため、日台の製造業会社並びに日台企業の従業員を対象にし、企業内訓練比較モデルを構築し、仮説検証を行った。

研究対象の設計において、企業主体と企業内個人の両方とも考慮に入れている。研究方法の設計においては、定性資料処理を主とするケース‧スターデイと定量資料を主とする実証研究の両方とも考慮にいれている。研究内容の設計においては、従来重んじられてきた訓練活動の実施及び最近展開されてきた企業内訓練品質管理と訓練成果評価をも考慮にいれている。

 よって、本研究の仮説についての検証結果は次の通りである。

(1)「日本的企業経営と台湾的企業経営が基本的に違うため、両国の企業内訓練も文化的要素の面で若干の差異が存在している。」と言う<仮説1>は定性的に支持された。

(2)「日台の企業経営面が違うため、日台における企業内訓練の新入社員訓練も若干の違いが存在している」と言う<仮説2>は定性的に支持された。

(3)「両国は企業経営面が違うため、日台における企業内訓練のOff JT も若干の違いが存在している」と言う<仮説3>は定性的に支持された。

(4)「両国の企業経営面が違うため日台における企業内訓練のOJTも若干の違いが存在している」という<仮説4>は定性的に裏付けられた。

  (5)「両国の企業経営面が違うため、日台における企業内訓練のSDも若干の違いが存在している」と言う<仮説5>は定性的に裏付けられた。

  (6)「知識経済時代の下で日台の経済発展状況は基本的に違うため、両国の企業内訓練も非文化的要素で若干の違いが存在している。」と言う<仮説6>は定性的に支持されなかった。

  (7)「両国の経済現状が異なるため、日台における企業内訓練の品質管理(PDDRO)も若干の差異が存在している」と言う<仮説7>は定性的に支持されなかった。

  (8)「両国の経済現状が違うため、日台における企業内訓練結果のレベルも若干の差異が存在している。」と言う<仮説8>は定性的に支持されなかった。

  (9)「台湾における企業の組織変数は訓練方式の受講評価においては顕著な差異がない」と言う<仮説9>はほとんど証明されなかった。

  (10)「台湾における企業の組織変数は訓練方法の受講評価に顕著な差異がない」と言う<仮説10>は証明されなかった。

  (11)「台湾における企業の個人変数は訓練方式の受講評価に顕著な差異がない」と言う<仮説11>は殆んど証明されなかった。

  (12)「台湾における企業の個人変数は訓練方法の受講評価に顕著な差異がない」と言う<仮説12>はほぼ証明されなかった。

(13)「台湾における訓練方式は訓練方法との間に顕著な関わりがない」と言う<仮説13>は証明られなかった。

(14)「台湾における訓練方式の受講評価は訓練方法の受講評価との間には顕著な相関がない」と言う<仮説14>は証明されなかった。

これらの検証結果によって本研究では次の事実を発見した。

第一に、1990年代以降、知識経済時代における日台全体の企業内訓練について言えば、活動、品質管理、成果評価及び受講者評価この四つの比較項目の中では、活動と受講者評価この二つの項目にはより顕著な差異が見られた。品質管理と成果評価この二つの項目には顕著な構造的差異が見られなかった。

第二に、上述した企業内訓練活動面の差異を要約すると、台湾の場合は仕事志向、短期的に、自己啓発意欲、相互啓発の自主性が不足などで、日本の場合は人間志向、長期的に、自己啓発意欲、相互啓発の自主性が比較的強いなどである。

第三に、企業内訓練の品質管理をISO10015に関するPDDRO チェックリストで総合して見れば、日台間には構造的差異が存在していない。

第四に、日台の企業内訓練活動の成果評価については、まだ Kirpatrick の四段階評価理論に基づいて行なってはいない。日台の企業内訓練成果についての評価は共にL2とL3の間に位置づけている。

第五に、受講者の評価について、一般に言えば、日本の企業内訓練の受講者評価は台湾のそれを上回っている。

 以上の研究結果に基づいて、本論文では重要な独創的発見として次の三点の仮説的理論を取り上げる。

(1)企業内訓練の文化改造論

 本研究は日台の企業内訓練の主な差異は工業時代から引き継がれてきた企業内訓練活動と受講者評価における文化的差異に遡っていることを発見できる。しかし、知識経済時代における企業経営が切に必要とする企業内訓練の品質管理と成果評価はこれと言う特殊なところも無ければ、構造的差異も無い。

これは、企業は環境的と文化的影響をかね顧る際、両者の間に衝突があるか否かと企業経営に対する影響をも考慮に入れなければならないことを意味している。仮に衝突が起きて、企業の発展を阻害した場合、その時、新しい環境条件の下で、全体社会との整合性の高いと新しい企業文化を築きなおすことによって、企業の永続発展を図る。

(2)ISO10015理念下のPDCOR理論

PDDRO はISO10015の評価基準によって、篩い出した、企業内訓練の品質を評価するのに使われる5つの指標である。それ故に、 PDDRO と ISO系列あるいはTQMが強調した PDCA と密接な関係がある。

  しかし、本研究は PDDRO チェック表を利用して、ケース・スタディーを進めるに当たって、数多くの企業業界の人間たちはPDDRO の真義を未だに完全に分かっていないだけではなく、ひいてはかつての PDCA と混合するところのあったことが分かった。

 PDCA と PDDRO の目的やメカニズムを比較して見ると、仮に PDDRO を PDCOR (中では、P は Plan 、D はDesign 、 C は Control 、OはOutcome、 R は Reviewにな っている)に改めれば、概念の内包、管理の論理ないし検証チェックの仕事はより明確になるはずだとのことを提起する。

(3)四段階訓練評価の平行運作論

  本研究は日台の企業内訓練の成果評価を行うに際、 Kirprick の四段階理論に基づいてケース・スタディーの検証チェックを行なった。研究した結果、四段階間の各段階は必然的に前後または因果関係があるわけではないことを発見した。

簡単にかいつまんで言えば、四つの段階は実施度合いにおける比較する役割を果たすだけで、順序だててうえの段階に進む必要性は必ずしもあるわけではない。だから、知識経済時代において、会社が本格的に企業経営の重要指標となったL3あるいはL4を目標として進むことができる。 

本研究の主な限界では、日台の企業内訓練の活動、品質管理、それに成果評価を理解する拠り所として、性質上はケース・スターディに属している。また、日台における企業内訓練の実証研究基礎とする日本のJILPTの先行調査性質上は記述性研究になるため、日台企業の比較項目の内容はある程度制限されているわけである。

今後の研究課題として、まずこれからの日台における各産業が、特にTQMや、ISO9000系列認証などの条件を倶備した各企業が如何にして、工業時代の企業内訓練体系から知識経済時代の企業内訓練体系に転換するか、企業経営あるいは学術研究の課題として、問題を解明する必要があると思う。また、企業内訓練の品質と成果評価についてどのように有効な研究メカニズムにすべきかは、今後の企業内訓練における重要な課題である。そして、仮説的な理論としての企業内訓練文化改造論、ISO10015理念下のPDCOR理論と四段階訓練評価の平行運作論は実用化までに多くの検証が必要となるので、将来各産業において三つの理論の妥当性の検証研究を行ってみたい。

結論として、1990年代以降の知識経済時代下、日台における全体の企業内訓練について言えば、活動、品質管理、成果評価及び受講者評価この四つの比較項目の中では、活動と受講者評価この二つの項目にはより顕著な差異が見られた。品質管理と成果評価この二つの項目には顕著な構造的差異が見られなかった。 差異が見られたのをいうと、

1.活動面

(1)新入社員訓練:戦略として、日本企業は新人は育成するに値するか否かを重点とし、新入社員に基礎条件を充分に備えさせた後、正式に担当勤務を割り当てる。台湾企業は新人を迅速に生産行列への投入に着眼し、迅速に生産行列に投入するのに必要な訓練をの実施を主としている。

 (2)Off JT:基本姿勢として、日本企業は従業員の「人間形成」を責任とする立場に立って 、長期にわたる指導方式を取って実施する。台湾企業は会社の立場に立って、集中方式を取って実施する。

(3)OJT:日本企業はよりに受身的にあるいは問題が発生したときに行なわれる。台湾企業は基本的上司が基準を設定してから、従業員がその基準によって実施する。

(4)SD:日本企業の従業員は自己啓発、相互啓発への動力が比較的に強い。台湾企業の従業員は自己啓発や相互啓発への動力は比較的に弱い。

2. 受講者評価

日本の従業員受講者が企業内訓練に対する評価は、全体的に言って、すごく高い(役に立ったとやや役に立ったと思う、この両項目の合計は90・2%にも達している)。台湾で行なった実証調査での両項目と5段階評定尺度のうちの上位1-3の合計の62.9%を遥かに上回っている。これは企業内訓練について、日本の従業員が台湾の従業員より高い評価をしている現われである。

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